代表プロフィール
初めまして 「PINK OPAL(ピンクオパール)」代表の大島七海です。
当社のホームページを見つけてくださってありがとうございます。
今このサイトを見てくださいいているあなたは、もしかしたら
チャットレディのお仕事に興味を持ってはいるが、本当に安全なのか不安」
「ピンクオパール の運営者は怪しくないの?」
と思われてらっしゃるかもしれません。
あなたがもし、「お金に関する不安を解消したい」「もう少し余裕のある暮らしがしたい」
「将来が不安」「子供の教育費を貯めたい」「独身の頃のように自分にもう少しお金をかけたい」
「自分の自由になるお金が欲しい」
など、お金に関する不安があるのなら、ぜひ、私の話を聞いていただけませんか?
その理由は、まずはチャットレディという仕事に安心感を持っていただきたいからです。
そして、私がどんな想いで、在宅主婦専門のチャットレディプロダクション、ピンクオパールを立ち上げたかを聞いて欲しいのです。
そして、あなたが私どもプロダクションのビジョンと、チャットレディのお仕事内容に共感いただけましたら
ぜひ、誇りを持ってチャットレディのお仕事に取り組んでいただきたいと考えています。
PINK OPALの基本方針

ピンクオパール とは優しいピンク色のパワーストーンで
魅力、希望、天真爛漫、美、創造性、軽やかさ、柔軟、自由、愛などの意味を持つ、女性性の象徴の石です。
優しい雰囲気と裏腹に、芯の強い、パワフルで豊かなエネルギーを持っています。
人に愛される力や、注目を集める力を持つ石です。
またピンクオパール には「やり直し」のパワーがあると伝えられています。
今の状態から抜け出し、より良い方向へ変えてくれるパワーをもった石です。
あなたが女性だけが持つ癒しのパワーを得て、あなた本来の自身の魅力をチャットレディのお仕事を通じ、
十分に発揮していただき、その代償としてあなたが必要とする十分な収入を得ていただく、
私たちはそのサポートをしたいという思いを込めて、社名を「PINK OPAL ピンクオパール 」と名付けました。
- 私たちピンクオパールは、 あなたが本来持っている独自の魅力を引き出し、あなたが望む人生を送るために必要な収入を、チャットレディの仕事を通じて手に入れるお手伝いをいたします。
- 私たちは一流のチャットレディを育成するために、プロフェッショナルなプロデューサーとしてお一人お一人と真摯に向き合うことをお約束します。
- ライブチャット業界で頂点にたつ女性を育成し、女性が経済的に自立して、笑顔で安心して子供を産み育てられる社会、女性が自由で豊かな暮らしを手に入れられる社会を作ることに貢献することを誓います。
「PINK OPAL ピンクオパール」 代表
大島七海プロフィール
私は現在5人の子供を持つ母親で、現在エンターテイメントに関わる事業を営んでいます。
その一環として、3年前よりチャットレディを始めました。
仕事をしながら、5人の子供を育ててきた私ですが、愛する子供達に囲まれ充実した生活を送っている反面、5人分の子供の教育費というものは高校、大学と上がるにつれ恐ろしいぐらいの額になります。
チャットレディの仕事に不安はありましたが、5人の子供たちの教育費を捻出するために勇気を出して、ライブチャットの業界に足を踏み入れました。
最初は何もわからずに不安な中のスタートでしたが、初月より20万円の収入を達成したことでチャットレディという仕事に大きな可能性を感じました。
3年間の現役チャットレディの活動の後、私と同じように「子供に十分な教育を受けさせたいが、現在の世帯収入ではどうしても足りない…」とお悩みの女性の力になりたいと思い、在宅チャットレディプロダクション「PINK OPAL ピンクオパール 」を設立いたしました。
私の自己紹介を兼ねて、ピンクオパール 設立までの経緯をご紹介させてください。
「東京は楽しいけど、家賃が高すぎる 地方は物価は安いけどやりたい仕事がない」

日本海側に生まれた私は、子供の頃から曇り空が多い地元が苦手でした。
大学は東京を志望し、「東京に行けばバラ色の大学生活が待っている!」
と胸を膨らませ、現役で受かった大学に入学しました。
しかし、あんなに憧れた東京での初めての一人暮らしは「楽しいけれどめっちゃお金がかかるなあ」というのが第一印象でした。
友達は関東の子が多かったので自宅通学の子が多く、ブランドの鞄を持って、当時流行っていたコンサバの服を着て、サークルに参加したり、飲み会に行ったりしていました。しかし私には、なんだかその学生生活が楽しいと思えず、バイトをして貯めたお金の20万円を持って、初めての海外旅行で1人でタイに行きました。
初めて行った海外は、自由で、楽しく、私はすっかりハマってしまいました。
その後も海外の自由で開放的な雰囲気が忘れられず、バイトをして、大学在学中、大学卒業後もいろんな海外をバックパッカーとしてまわり、いろいろな国の方と交流する20代を過ごしました。
その後、英語力を生かし貿易会社に勤めた後、やはり旅に出たくて仕方がなくなり、独身最後の長期旅行に出ようと思って、東京で住んでいた家を全て引き払いバックパックに荷物を詰めて、日本を旅立ちました。25歳の時でした。
その時は25歳なりのいろんな悩みを抱えて海外をフラフラと旅していました。
やはり一番の関心ごとは「この後は英語力を活かした仕事をしていきたいけど、東京に一人暮らしをすると生活するだけで精一杯で、あんまり遊べない。でも、地方だとやりたい仕事がないから帰りたくない」と言うことでした。
まだインターネットがそんなに普及していなくて、ネットでの仕事も限られていた時の話です。
早く結婚したい、というよりはいろんな国に行って英語力をもっとつけながら、仕事もして、まだまだ遊びたいと思ってました。
そして、「何かを見つけたい」と思って出たその旅の途中で、のちに夫となる人と出会って半年間一緒に旅をしてその後帰国。
子供を授かったことがわかり、両親に報告、結婚することになりました。
「4年生大学を出ても、子供を産むとパートの仕事しかないし、時給700円のパートをする時間もない」

結婚をしてからは地元に帰り、子育てをするのなら田舎でしてみたいと思っていたので人口3000人の小さな村に住むことにしました。
夫の収入はそんなに多くはなかったけれど、田舎なので家賃も安く、近所の方が野菜をくれたり、あまりお金もかからずに田舎でのんびりと子育てをすることができました。
私も夫も子供が好きだったので、順当に5人の可愛い子供たちに恵まれました。
しかし、子供達が大きくなるにつれ、食費も増え、習い事、学校にかかるお金がだんだん増えてきて、夫とはお金のことで喧嘩をすることが多くなってきました。
田舎なので、夫もあまり職種が選べず、私が働きに行こうと思っても、小さい子が常にそばにいる状態で、パートにすら行けない。
何度も悔しくて泣いて、時には子供達に怒って八つ当たりすることもありました。
保育園も、仕事が決まっていないと入園許可されず、八方ふさがりのように感じてストレスが溜まっていきました。
両親は離れたところに住んでいて、私は車を持っていなかったので、あんなにしたかった英語の仕事を見つける時間も、勉強する時間もありませんでした。
「親が頑張って4年生の私立大学に一人暮らしまでさせて出してくれたのに、なぜ私は時給700円のパートですらできない状態なんだろう」と思うと悲しくて、情けなくて涙が出てきました。
しかし、泣いていても田舎なので大した仕事もなく、街に出ようにも車がなく、バスは1日2本のところに住んでいたので、子供をおんぶしながら、自分で漬物を作ったり、当時流行っていたご当地ラー油を作ったりして、お土産やさんに置いてもらっておこずかいを稼いでいました。
1年ぐらい続けているうちに、私の作った加工品を置いてくれるお店も増えて、順当に売り上げも増えて忙しくなってきました。
やっと仕事も生活も軌道に乗ってきた。そう思ってきた頃でした。
5人目の息子が生まれて3ヶ月の時に、東日本大震災が起きたのです。
忘れもしない、2011年3月11日の午後、「この光景はパニック映画なの…?」とテレビの津波の映像から目を離せませんでした。
私が当時住んでいたところは地震の直接の被害はありませんでしたが、福島第一原発が爆発した翌日から、生後3ヶ月の3男が毎日鼻血を出したのです。
下の保育所の娘も鼻血を出すようになり、「ここは危険かも」と思い夫と話し合ったのちに、引っ越しをすることを決意しました。
もういっそ、海外に引っ越したかったのですが、金銭的な問題、ビザの問題等で海外への引っ越しは現実的ではない、と思い九州への引っ越しを決めました。
九州なら食糧自給率200%、「しばらく東北の野菜の供給が止まっても食料の供給は問題ないだろう」との判断からでした。
本能的に子供達の命を守らなければいけない、安全な食べ物を食べさせなければいけない、と考えていました。
そして、家族7人でワンボックスカーに荷物を積み込み、九州へと旅立ったのでした。
子供のいる女性が子育てと両立できる、時間的に自由に働けるしごとは地方にはない

そして、九州での生活が始まりました。
ここも自然が豊かで、とても良いところだったのですが私はまた同じ問題に向き合うことになりました。
「地方では子供を持つ女性の仕事は、最低賃金の時給700円のパートの仕事しかなく、仕事の内容もほとんど選べない。正社員になって頑張って働いたところで、帰ってきても疲れて家事をする時間も気力もない。仕事内容と収入のバランスが悪すぎる」
九州でも、最初は生活に慣れるだけで精一杯でしたが、やはりすぐに収入が必要になりました。
納得のいく仕事を見つけられないまま、自営でお小遣い稼ぎをしたり、時にはアルバイトに行ったり、職業訓練校で技術を学んだりしましたが、女性が働きやすい職場、子供が病気になった時にも休みを取れる職場は見つかりませんでした。
また何度も何のために4年間も大学を出たのか、と両親に申し訳なく思いましたが、そう言っている経済的余裕も時間的な余裕もないので、何でも良いから子育てと何とか両立できる仕事はないのだろうかと求人雑誌を探しましたが、見つかったエステでの施術の仕事はオーナーとそりが合わず、3ヶ月でリストラをされてしまいました。
そうこうしているうちに、小さかった子供たちも大学受験の年になりました。
急がないと、子供たちはどんどん成長していきます。
こちらの事情なんか待った無し!です。
食費もどんどん増えていきました。旦那さんが転職して何とか収入を上げてくれましたが、やはり、7人分の生活費、子供5人の教育費は思いの外にかかりました。
アフィリエイト、ブログ、ライター思いつく副業は全部やったが
お金になるまでに時間がかかりすぎるし、根性と才能が必要

結論から言うと、アフィリエイト、ブログはお金になるまでに時間がかかりすぎました。
正しいやり方をすれば大きく稼げる可能性がありますが、今月の食費、来年の大学受験の費用を稼ぐには時間が足りなさすぎます。
それでもコツコツと1年間に120記事書いたブログは月に1万円ほどにはなりましたが我が家の家計には到底足りません。
ライターもやってみましたが、結局毎日言われた記事を書くだけで時給的にはパートの仕事と変わりませんでした。
そして、「もう疲れた、自分で仕事をするのは諦めてまた大人しくパートに行こう」
と諦めた頃に、最後にインターネットで見つけたのが「在宅チャットレディ」に関する音声コンテンツでした。
そのインターネットラジオに出演されていた現役チャットレディの方のお話では、「平均で月収30万ぐらい、多い時は80万ぐらい 会社が終わってからの副業で」と言うお話で、何だこれは!?と思いましたが耳が離せませんでした。
怪しい!とは思いましたが、私の好きなパーソナリティの方のラジオだったので「騙されたと思って」チャットレディの登録をして、やってみることにしたのです。
チャットレディで初月20万円を稼げた!

「怪しかったら、すぐにやめよう」と思い、インターネットで見つけたチャットレディの出演サイトに登録しました。
その日はドキドキしながらパソコンの前で待機していると、
「ピロロロ~~~~」
男性が入室してくる音がして、むこうからマイクでいろいろと話しかけてくれました。私は緊張しながらも、一生懸命会員さんが楽しんでもらえるように会話を続け、、。
どんどんポイントが溜まるのが楽しくて、一日3,4時間、子供が学校に行っている間お仕事を続けました。
そして、そして、1か月後、初めてのお給料日、、。本当に私の口座に、なんと20万円ものお金が振り込まれていたのです!!
本当にあの時は感動しました!
今までどんなに頑張っても正社員でももらえなかった額を稼げたことは、主婦歴が長かった私の自信につながりました。
しかし、最初の月は新人チャットレディとして優遇されたり、珍しがられたりしていたので3ヶ月目ぐらいまでは良かったのですが、
4ヶ月目、5ヶ月目は思うように稼げずに苦戦。
たった一人で孤独にやっていたので相談できる人もいなくて、「このままチャットレディを続けられるのだろうか」と不安になりました。
でも、ずっと探し求めてきた「主婦で特に資格等がなくても在宅で、勤務時間が自由で、短時間で高収入を得られる、おいしい仕事」を諦めるのは嫌だ、
また、時給700円のパートには絶対に戻りたくない!という思いから自分一人で自己流でやっていたチャットレディの仕事を、本気でやってみようと思い、インターネットで見つけたチャットレディ事務所に登録をしてサポートをしてもらうことにしました。
最初に登録したのは、男性オーナー経営の小さな個人事務所でした。
その人が言うには「スタイルが良くて、顔も美人な女性でないとチャットレディで稼ぎ続けるのは難しい」とのことでした。

そんなことを特にスタイルがいいわけでもなくて、40歳を超えている私に言われても自信喪失するだけでした。
いくつかのアドバイスはいただけましたが、私の個性とは合っていると思えず、自分でやっていた時より収入が下がってしまいました。
あまり業界のことがわからなくてそこの事務所に入ったので、報酬も在宅なのに業界平均よりも低い事務所でした。
(普通は在宅チャットレディの報酬は通勤チャットレディに比べ報酬が良いです)
「なぜ、移籍してアドバイスを受けているのに収入が下がるのだろう?」
結局そこに在籍することには意味がないと思い、そこの事務所は辞めました。
次は大手だったらサポートが充実しているかもと思って、大手事務所に移籍しました。
そこは収入の待遇等は悪くなかったのですが、やはり大手なのでたくさんの女性が在籍していて地方で在宅で仕事する私にはあまりアドバイスをもらえませんでした。
そこの担当も男性の方だったので、チャット内容をしれっと見られるのがいやで、意思疎通が難しかったです。
「こんなことがありました」と言ったとしても、「そのぐらい我慢しろ」と言うようなことを言われたり、
「お客の言うことは全部聞くのは普通」と言われたり。
幾らかは稼げましたが、女性としての尊厳が粉々になってしまうようなストレスを感じるようになってしまいました。
ただでさえ在籍チャットレディは家で一人きりでする孤独な仕事なので、誰かに話を聞いて欲しいのだけれども男性オーナーで女性の気持ちをわかってくれて、個人の魅力を生かしサポートしてくれる人を探すのは難しいかったです。
その後自宅をチャットルームとして改装し、日々自分で試行錯誤し、日中だけだったチャットレディの仕事ですが、夜も時々ログインすることで、収入は安定して毎月20万円、30万円と収入が上がってきました。
ゴールデンウイーク、お盆休み、年末年始など、長期休暇の時は月収で40万円以上を稼げる月も出てきました。
「同じような状況のお母さんを救いたい」という思いで、
在宅主婦専門のチャットレディ事務所を自分で立ち上げる

チャットレディのお仕事を知ったおかげで、本当に運よく経済的に不満のない生活を送れるようになりました。
これはこの3年間通ってくださったお客様、今までのプロダクションの方、サイトのスタッフの方に支えられてチャットレディのお仕事を続けることがきました。
しかし、これまでの私と同じように、子育てしながらパートに行ったり、在宅でほそぼそとおこずかいを稼いでいる、安い時給で働いて帰ってきたら家事と育児で疲れ果てて、子供に優しくできないというお母さん達は世の中にたくさんいます。
経済的に困っている女性にチャットレディの仕事を知ってほしい、またチャットレディをやってみたが稼ぐコツを知らず、そのまま辞めていってしまう方、そのような方に、私が3年間チャットレディのお仕事を続けてきたノウハウをもとに、
今まで私が「こんなプロダクションで働きたい」という思いを実現させたい、という思いが強くなってきたのです。
そしてその後チャットレディの育成の勉強、チャットを初心者にわかりやすく教えるための基礎知識などを勉強して、この度、在宅主婦専門チャットレディプロダクション「PINK OPAL ピンクオパール 」を立ち上げました。
チャットレディをきっかけに自分の夢を叶えてください
チャットレディはたくさんある副業の中でとても恵まれているビジネスです。
ホリエモンがいう「儲かる商売4原則」というのがあるのですが
1、利益性の高いビジネス
2、在庫を持たない
3、毎月の定額収入が得られる
4、少ない資本で始められる
これにほぼ当てはまります。
これだけでもすごいのに、さらに
5、即金性があり、
6、会う必要がないので、危険性がほとんどない安全なビジネス
7、ライブ動画配信という、将来性が間違いなくあるビジネス
なのです。
チャットレディは女性だからできるビジネスで、男性には逆に難しいビジネスなのです。
Youtubeで多数のライバルと争って稼ごうとするより、チャットレディで稼ぐ方がライバルが少なくずっと現実的なのです。
ここではっきり言いますが、チャットレディも「楽して稼げる」訳ではありません。 継続的に高い収入を得ようと思うなら、試行錯誤をして、努力をする必要があります。

ピンクオパールでは、「チャットレディでお金を稼ぎたい!」という女性を私が培ってきたチャットのノウハウをもとに、その方個人の魅力を引き出しプロデュース、徹底的にサポートして稼げるようにします。
ピンクオパールは冒頭に書いてある通り、「魅力、希望、天真爛漫、美、創造性、軽やかさ、自由、愛、豊かさ、注目を集める」などのパワーを持った、女性が幸せになるための石です。
全ての女性はこのような力を、生まれた時から潜在的に持っていると私は信じています。
現在あなたが経済的に恵まれない状況にあるのなら、チャットレディのお仕事を通じて稼ぐ力をつけ、経済的にも、精神的にも幸せになることができます。
私もいろんなことがありましたが、本当の自分は幸せになるための力を持っているはずだと、諦めずに前に進んでいろんなことにチャレンジし、ついにチャットレディのお仕事にめぐり合い、経済的にも精神的にも自信がつき、家族との充実した幸せな生活を手に入れることができました。
世の中はお金だけではありませんが、お金で解決できることがとても多いです。
自分で納得のいく収入を得ることで、自分に自信がつき、経済的に自立することで夫との関係も対等となり、今までより言いたいことが言えるようになったので、夫とも今までより良い関係性を築けるようになりました。
子供達にもやりたいことをさせてあげれるようになり、教育費の心配もしなくて良くなりました。
お金が足りないことで、イライラしたり、家族に当たったりすることがなくなりました。
両親にも心配をかけることがなくなりました。
チャットレディの仕事内容は、集客、マーケティング、ブランディング、プロモーション、コンテンツ作り、セールス、キャッチコピー、
顧客のフォローと、スモールビジネスに必要な全ての要素を含みます。
チャットレディの経験は必ずあなたを成長させ、次のやりたいことに挑戦するためのステップになってくれます。
ぜひ、チャットレディのお仕事をきっかけにして、あなたの夢を叶えてください。
チャットレディはあなたの人生を、経済的にも、人間的にも成長させてくれるビジネスです。
「興味はあるけど、不安だわ…」
そう思われるのも無理はありません。
私もそうでした。
質問にはなんでもあなたが納得いくまでお答えします。
そして、「チャットレディをやってみたい」とあなたに 思っていただけるのなら、私たちピンクオパール は、あなたを誠心誠意サポートし、あなたが夢を叶えて幸せな人生を送る、お手伝いをすることを約束いたします。
PINK OPAL 代表
大島 七海
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